アパートの前に立つ黒服の男を見つけた時、獄寺はめんどくせえな、と小さくため息を吐いた。敵対するマフィアの一味であったとしてもこの閑静な住宅街で騒ぎを起こすのは得策ではないし、騒ぎを大きくしたところで自身の存在を大声で吹聴しているようなものだ。ここはいったん退いたほうがいいな、と今来た道を引き返そうとした獄寺は、しかし、ついとこちらに向けられた瞳の持ち主に思い当たり、目を見開いた。いったいこいつはこんなところで何をしているのだろう。獄寺はいぶかしがりながらも、今さら背を向けることはできないので、前に進むしかなかった。 獄寺が近づくと、男はまるで獄寺になど興味ないとでもいうように、ポケットから携帯電話を取り出してぱちり、と折りたたみ式のそれを開いた。 「12月25日」 獄寺は立ち止まった。男が顔を上げる。 「今日は寒いね。お茶でも淹れてくれない?」 「雲雀、」 ため息混じりにその名を呼んだ獄寺に、雲雀は唇の端を僅かに歪めて笑った。 「何しにきたんだよ、お前」 「お茶、淹れてくれないの?」 さらりと黒髪を揺らして問いかけられ、獄寺はもう一度溜め息を吐くと無言のままポケットから鍵を取り出した。 雲雀が家に入ったのを見届けてから、獄寺はキッチンへ向かいケトルを火に掛けた。獄寺は適当に座ってろ、と言ったが雲雀はコートも脱がずにリビングに突っ立ったままだった。ケトルがことことと音を立て始め、獄寺はポットに茶葉を測り淹れる。取り出した茶葉は「僕は緑茶しか飲まないから」とコーヒーしか飲まない獄寺の部屋に以前雲雀が置いていったものだった。確かお湯はぬるめの60度とかなんとか言っていた気がするが、そんなものを一々気にする性格ではないし、雲雀の言うとおりにするのも癪だった。しゅんしゅんと音を立てる熱湯をポットに注ぎ入れ、青い香りが立ち込めてきたところで緑茶をマグカップに注ぐ。リビングに佇む雲雀にマグカップを渡すと、雲雀は緑茶を少し口に含んで僅かに顔を歪めたが、何も言わなかった。雲雀につられて獄寺も緑茶を口に含んだが、苦いだけで味がよくわからない。砂糖でも加えてみようかと思ったが、以前それをした時雲雀に殴られた記憶が蘇り、苦い緑茶をすすり続けた。 「今日は何か予定でもあるの?」 雲雀が思い出したように口を開いた。 「クリスマスパーティ。ボンゴレ主宰の」 「そう」 部屋に入って初めて雲雀は笑顔に似たものをみせて、獄寺を戸惑わせた。 「お前にも送っただろ?招待状」 「群れるのは嫌いだよ」 「――知ってるけどよ」 「そろそろ支度しなくちゃいけないの?」 雲雀が人を気遣うような発言をし、獄寺はもしかしたら雲雀はもう帰りたいのかな、と思い、それをどこかで残念に感じている自分はもう少し彼と話をしたいのだと気がついた。それにだいたい、何故彼がここに来たのか、その理由を聞いていない。口を開きかけた獄寺は、「今、君が追ってるファミリーだけど、」雲雀の言葉に顔を上げた。 「ああ」 「あれ、黒だから……潰しちゃって、いいよ」 思わずぱちくりと瞬きをした獄寺に、「これ、プレゼントね」と雲雀は付け足す。 「プレゼント?」 「クリスマスの」 そこまで言われてやっと合点がいくと同時に、ああそのためにここに来たのかと、そのことに獄寺は気がついた。 「――プレゼントが情報かよ。色気ねえな」 しかも物騒だし―― こみ上げる感情を判断しかねて口を出た言葉は可愛げのかけらもなく、どうしてもう少しうまくいえないんだろうと獄寺は思った。雲雀は僅かに片眉を上げ、ふん、と鼻で笑って見せた。 「なに?指輪か何かのほうがよかった?」 「まさか」 不敵な笑みを浮かべる雲雀につられるようにして、獄寺は苦笑を漏らした。 お互い口を噤んでしまうと途端に部屋の中には静寂が立ち込め、かたかたと風が窓ガラスを揺らす音が耳につく。獄寺は窓を見た。窓から見える葉の落ちた木々は寒々しい。枝を揺らしていく風はきっと冷たく乾いているのだろう。しかし空はどこまでも蒼く晴れ渡っていた。 ことり、と小さな音に窓から視線をそらせば、雲雀がすでに空になったカップをテーブルに置いたところだった。いまだにコートを脱がないその姿を見ていて、獄寺はようやく思い至った。 「お前、寒いのか?」 獄寺は雲雀に近づくと、その手首を掴んだ。ぴりり、と肌に冷たさがしみわたる。何も言わない雲雀に、獄寺は手首を掴んでいた手をそっとその頬に添えた。掌を寄せた雲雀の頬は、やはり酷く冷たい。獄寺はふいにおかしくなった。クリスマスプレゼントだなんて柄にもないもののために、冷たい風の中いつ戻るとも分からぬ獄寺の帰りを待ち続けていた彼を想うと、獄寺の心は不思議と温かくなった。 「どれくらい待ってたんだよ」 つめてえ、獄寺の呟きに、雲雀は頬に添えられた獄寺の掌の上に、自身の掌を重ねた。獄寺は何も言わなかった。やがて氷のように冷たかった頬と掌は獄寺の体温が移ってあたたかくなり、雲雀のひんやりとした唇が獄寺の唇を覆った。二人は黙って口づけを続け、ようやく顔を離すと、雲雀は僅かに唇の端を釣り上げた。 「君が温めてくれるんでしょ?」 雲雀の言葉に獄寺は挑発的に微笑むと、雲雀の腕を掴んで寝室へ導いた。 初めて雲雀と寝たのは、仕事続きで溜まっていたとかそんな色気もない、ある意味正当な理由だった気がする。どうも獄寺は記憶が曖昧だった。酔っていたのかもしれない、お互い。ただひとつ獄寺がはっきり覚えているのは、犯されたといっても過言でないほど乱暴に抱かれた後、ベッドに寝転んだまま煙草に火を点けた時に放たれた「セックスの後、煙草を吸う人間は嫌いだよ」という言葉だけだった。人間味のかけらもない雲雀が「セックス」なんていうのが、獄寺は単純に可笑しかった。笑いこけた獄寺は確かその後殴られたように記憶しているが、その記憶もやはり曖昧なものだった。しかしその時から、雲雀と獄寺の関係は続いている。 寝室に着くと、獄寺は自ら服を脱ぎ、ベッドへ身を投げ出すと両手を広げて雲雀を誘い込んだ。上着を脱いでのしかかってきた雲雀の背に腕をまわして抱き寄せると、獄寺は深い口づけを仕掛ける。雲雀は獄寺の素肌に手を添わせながら口づけを受け入れた。深い口づけを終えると、雲雀は「君って結構あったかかったんだね」と驚きにも似た口調で呟いた。 「冷たそうにみえるから、」 雲雀の繊細な指先がさらりと獄寺の銀髪をなぞり、白い肌を何度も行き来する。雲雀はシャツを脱ぐと、今度は自分から獄寺に口づけを求めた。 獄寺は雲雀の体を抱きしめ、その冷たい肌に手を這わせた。すこし力を込めて脇を押すと、雲雀は察したように体勢を入れかえさせた。上になると、獄寺は雲雀のスラックスを寛がせ、雲雀自身をためらいもなく口に含んだ。ちろちろと見せつけるようにして舌を添わせつつ、じっとりと上目づかいで見つめると、雲雀が小さく息を呑んだ。次第に荒くなる雲雀の息遣いに獄寺は嬉しくなった。なにものにも捕らわれないと謳われるこの男を簡単に支配できてしまえるような気がするからだ。獄寺は舌と指先とで雲雀を追い詰めていった。 獄寺はふいに雲雀から口を離すと、ベッドの脇に置いていた鞄からローションを取り出した。それを見て、雲雀は眉を顰める。 「そんなの、いつも持ち歩いてるの?」 「んなわけねえだろ。たまたまだよ」 「ふうん」 「何、気になる?」 「別に」 「だったら黙って見てろよ」 獄寺は雲雀に見えるように脚を開くと、自らの指をローションで濡らして息づく蕾に導いた。羞恥もあったが、それ以上に向けられる視線が心地よかった。雲雀を独占するのが、心地よかった。雲雀をじっと見つめたまま、獄寺は自らの身体を開いていった。 「来いよ」 雲雀の頬に頬を寄せて囁いた獄寺を、雲雀はベッドに押し倒した。獄寺が誘うように脚を開くと、すぐに雲雀が入ってくる。 「っ……」 圧迫感に獄寺は強く眼を閉じ、浅い呼吸を繰り返した。とくり、と自身の中で雲雀が脈打ち、その覚えある充実感に獄寺はふるりと背筋を震わせる。 「ひ、……ばり、……」 獄寺は腕を伸ばし、雲雀の背を抱いた。緩々と動き出した雲雀自身が前立腺を突くと寒気にも似た快楽が生じ、獄寺は雲雀の背に縋りつく手に力を込めた。 「は、……ぁ、――っぁ、は……」 やがて激しく動き始めた雲雀に、獄寺も吐息交じりの声を上げ、突き上げる雲雀の動きに合わせるように腰を振った。腰を動かしながら、獄寺は迸る蜜に濡れた自身に触れた。雲雀が達するのに合わせ、獄寺は自身への刺激を強めた。 気だるい余韻の中、二人は黙って抱き合っていた。 「もうそろそろ行かなきゃいけないんじゃないの?」 雲雀が問いかけた。 「そうだな……やべ、部下が迎えに来るんだった。もうすぐ電話が来るはず――シャワー浴びねえと」 一緒に浴びるか?、からかうように誘う獄寺に雲雀は小さく笑った。 「遅刻してもいいの?出られなくなるよ」 「ったく……しょうがねえな」 獄寺は億劫そうに起き上がると、シャワールームに向かった。 獄寺がシャワーから出てくる頃には、雲雀は乱れた服を整え部屋から去ろうとしているところだった。 「また来るか?」 「さあね」 「来年のクリスマスには、俺がケーキでも持っておまえん家に行ってやるよ」 「……ケーキはいらない。けど、来年のことなんて君、覚えてられるの?」 「案外、忘れないものなんだぜ?」 獄寺は自信ありげに答えた。 「ふうん?ま、精々来年まで死なないようにしなよ」 雲雀はどこか楽しげにそういうと、獄寺の部屋を後にした。獄寺はその背中が消えた後もしばしその場に立ち尽くしたままだったが、携帯の電子音に気がついてあわててリビングへ向かった。 2009.12.25
Boun Natale! |