meltdown













 浮上する速度で目を開く。
 呼吸を整え覚悟を決める。
  雨の炎を纏わせた刀で迫りくる敵の攻撃を受け流し、ひとりひとり傷付けないよう意識を奪っていく。その間も、雨月の足が止まることはなかった。石造りの廊 下はかつん、と靴音を響かせ、着なれぬスーツの襟元を僅かに緩める。瞬間浮かんだのは「めんどくせえ」と呟きながらもこのスーツを見繕ってくれたかの人 で、雨月は気を引き締めると長く続く廊下の先を見据えた。奥に進むにつれて堅固になる敵の壁に目指すべき道を間違ってはいないのだという確信を持ちつ つ、同時に、あからさまともいえる守りの堅さにまるで奥へ奥へと誘われているような印象をも受ける。否、きっと全てが彼の掌上の出来事であるのだろう。全 てを見透かすといわれる魔レンズを持つ男の姿を思い、雨月は僅かに眉根を寄せた。この城の持ち主でもある男は今、ここにはいない。彼の動向も気になるが、 それよりも雨月にはやるべきことがあった。あの時、「頼む、」と俯いた友人の震える指先を思い出し、雨月は唇を引き締めた。
 堅く閉ざされたいく つもの扉を潜り、人の壁を抜け、そうしてようやく雨月は足を止めた。廊下の突き当たり、もうほとんど光すら届かないほど奥に、その部屋は存在していた。そ れまで通り抜けてきた鎖や鍵づくめの扉と違い、その扉はまるで誘ってでもいるように薄く開かれていた。雨月は少しだけ目を閉じ、呼吸を整える。そして覚悟 を決めると扉に手を掛けた。
 扉を開いた瞬間鼻を突いたのは、吐き気を催すほどの甘い香りだった。思わず鼻を覆う。部屋を見渡し、その香が揺らめ く蝋燭から立ち上るものだと知った。薄暗い部屋に動く者はなく、部屋の半分を占めるほどの大きさの寝台が不気味な存在感を持って雨月を圧倒している。雨月 は迷うことなく寝台に近づき、寝台を取り囲むように幾重にも垂らされた布へ手を掛けた。そして、ようやく探し求めていた人物を見つけた。
 「G、」
  薄いシャツ一枚を纏い、Gはぐったりと身体を寝台へ沈めていた。呼びかけても投げ出された肢体はぴくりとも動かず、堅く閉ざされた瞼は薄闇でも明らかなほ ど色を失い、白く浮き上がって見える。死んでいるのではと錯覚させるほど色彩を欠いた身体の中、上下する胸元だけがGの確かな生を存在している。しかしそ の呼吸は眠っているにしては短く浅く、途切れがちな呼吸だった。雨月はGの両肩――久々に掴んだ肩は以前よりもさらに骨張り、繊弱といえるほどだった―― を掴んで何度か揺さぶる。Gの意識はそれでも戻らなかった。雨月は加減してGの頬を張り、何度もその名を呼ぶ。
 「ぅ、……ん……」
 ふいに、閉ざされていたGの瞼が痙攣し、緩んだ唇から小さな呻きが上がった。力なく投げ出されていた指先がぴくり、と震える。
 「G……!!」
 「っ、やめ……」
 焦点の定まっていない瞳がぼんやりと開かれ、身体が反射的にか寝台の上を這って雨月から逃れるような動きを見せる。小さく紡がれた否定の言葉に、雨月はGが描いている人物を知って声を上げた。
 「G、拙者でござる」
 落ち着いて、言い聞かせるようゆっくりと言葉を紡ぐと、Gの身体が一度大きく震えた。空虚だった瞳が何度か瞬かれ、Gの瞳が雨月に向けられる。
 「う、……げつ…?」
 唇から洩れた名にほっと息を吐き、雨月はGを見つめて頷いた。途端に強張っていたGの身体の力が抜け、白い指がぐしゃり、と乱れた髪を掴む。
  何度か深い呼吸を繰り返し、Gはゆっくりと寝台から身を起こした。ふらりと揺れた痩身に雨月は反射的に手を伸ばしかけたが、Gの身体がその手を避けるよう に僅かに引かれたのに気づき、ぴたりと動きを止めた。ずきり、と、瞬間心を走った痛み。行くあてをなくした指先を見つめていた雨月は、「すまねえ」小さく 紡がれた言葉に顔を上げた。
 「迷惑、かけたな」
 「いいえ、……そなたが無事でよかった」
 視線を逸らしたまま紡がれたGの言葉に、雨月は胸の痛みに気づかないふりをして微笑んで見せた。今はその想いに囚われるべきではない、雨月は知っていた。
 「あいつは?」
 Gが視線を上げ、雨月を見つめる。その声に含まれる切なさにGのいうあいつ、の姿が瞬時に浮かぶ。また、胸が、痛んだ気がした。
 「スペードがボンゴレに反旗を翻し、本部に攻撃を仕掛けてきたのでござる。プリーモは、スペードの元へ……」
 「そうか」
 Gは瞼を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと息を吐きだすと、静かに目を開いた。俺もプリーモの元へ向かう、そう呟くGの揺らぐことない強い眼差しから、雨月は目を離すことが出来なかった。
 「武器は取られちまったみてえだからな……いったんアジトに戻るか」
 アジト、プリーモとふたりで暮らすあの小さな家をGは当たり前のようにそう呼ぶ。
 お前は一刻も早くプリーモの元へ、口早に告げ仰ぎ見てくるGの眼差しを真っすぐに受け止め、雨月はにこりと笑って見せた。
 「嫌でござる」
 「なっ、てめ!!」
 「拙者の使命はそなたを無事連れ帰ること……そなたと離れてしまっては意味がない」
 それにそなたに万が一のことがあったらプリーモに顔向けできないでござる、声を荒げたGに雨月は笑みを深めて言葉を続ける。プリーモ、その名前にGは振り上げかけた拳を解くと、舌打ちと共に雨月から視線をそらした。
 俯くGの細い肩が僅かに震えていることに気づき、雨月はその存在を思い出した。肩に掛けた風呂敷を下ろして包まれたそれを取り出し、そっとGの肩に掛ける。途端、弾かれたようにGが顔を上げた。
 「これっ、」
 震える手が、肩から掛けられたそれに触れる。
 全てを包容する、プリーモのマント。
 「俺は行けないからせめて、と、プリーモに渡されたのでござる」
 見開かれたGの瞳が、一瞬、くしゃりと歪んだ。泣きだしてしまいそうな顔だった。顔を伏せたGの唇が小さく「馬鹿野郎」とここにはいない友を詰り、細く白い指がマントの裾を小さく掴んだ。次に顔を上げた時、Gの顔から先ほど一瞬感じた儚さは消えていた。
 「いくぞ」
 マントの前を合わせ、Gは寝台を降りると自身の足で立ち上がった。
 自力で歩きながらもふらつくGの身体、しかしその真っすぐな瞳は支える手を拒むようで、雨月はGの隣に並んで外へと続く道へ促した。
 隣を歩くGの唇が薄く開いて、耐えるように引き結ばれる。しかし雨月は気づかない振りを貫いた。
 薄いシャツ一枚に覆われた身体に刻みこまれた痕跡にも、先ほどから引くことのない自身の胸の痛みにも。






****







  目立つ深紅の髪を隠すためにマントを頭から被せたGを木陰に繋いでおいた馬の背に同乗させ、雨月はスペードの城を後にした。元々敵の数も少なく――スペー ドの部下の多数は今、彼と共にボンゴレ本部にいるはずだ――、残った敵もあらかた雨月が片付けてしまっていたので、Gを連れ出すことはそこまで難しくはな かった。
 名前も付いていないであろう小さな通り、そこにひっそりと佇む“アジト”に辿りつく頃には、Gの身体が目に見えて小刻みに震え始めた。腰に回された細い腕と背後で漏らされる熱い吐息を出来るだけ意識しないようにしつつ、雨月は手綱を握る手に力を込めた。
 「G、着いたでござるよ」
 馬から降り、さり気なく差し出した雨月の手に目もくれず、Gはふらつく身体でそれでもアジトの扉を開けると、迷いのない足取りで奥へ奥へと足を進めた。
  夕暮れ時の部屋は差し込む西日で赤く染まり、長く伸びたGの影はどこまでも深く暗くゆらり揺らめき、雨月はGを見失わないようその影を追った。休むことな く動いていたGの足が、奥の扉を開けた途端、止まった。追いついた雨月は佇むGの視線を追い、そして同様に足を止める。Gの私室なのだろう、小ぢんまりと した部屋にはベッドがひとつ、テーブルの上に無造作に散らばる銃にナイフ、そして、その部屋の片隅の立てかけられた、アーチェリー。Gはそれを見つめ ていた。何度も共に戦火を潜り抜けた来たのだ、Gの切なげに細められた瞳の意味に雨月が気づかないはずはなかった。
 ふらり、と惹きつけられるように一歩足を踏み出したGの身体が、ぐらりと大きく揺らぐ。崩れ落ちるGの身体を反射的に抱きとめた雨月は、その身体の熱さに息を呑んだ。
 苦しげに浅い息を吐くGの唇から「ジョット、」とここにはいない男の名前が漏れる。
 瞬間、雨月の中で何かが、音を立てて崩れた。
 「雨月……俺、は…いいからっ!早く、……あいつ、の…とこ、へ」
 「――嫌でござる」
 「な、……んっ!」
 雨月は衝動のままにGの唇を塞いだ。初めて触れたGの唇は酷く甘く、無防備な歯列を割り舌を絡ませれば、舌先にぴりりと刺激を感じる。Gが監禁されていた部屋を満たしていた甘美な香りを思い、雨月はGの異変さの原因を悟った。
 最後にくちゅり、とGの舌をやわく食んでから唇を解放すると、雨月は途端に力の抜けたGの身体を背後のベッドへ優しく横たえる。
 「…な、にす…――」
 「G、辛いのでござろう?拙者も、……見ているのが辛い」
 「、ぁ……や、め――」
 するり、とマントの隙間から手を差し入れて触れたGの中心は既に先走りの蜜で濡れ、雨月は自身の考えを確信にかえる。「オレは」、雨月の腕から逃れようとGが身体を捻る。
 「はや、く……あいつの、とこへ――」
 「その体では無理だ。しかし、私ならその熱をなんとかすることができる」
 「ひっ、……ぁ、は…」
 花芯を軽く指先で刺激すると、腕の中の身体が大きく跳ね、間近で見下ろした赤い瞳にじわりと涙が滲む。G、雨月はGを見つめたまま囁いた。
 「拙者では……だめか?」
 雨月の瞳を見つめ返したGの瞳が静かに伏せられ、身体から力が抜ける。それを合図に雨月はGの目蓋を掌で覆い、再びその唇を塞いだ。唇が離れた時、ジョットと、ほとんど吐息のように紡がれた名前には気がつかない振りをした。
 視界の端でその日最後の陽の欠片が溶けていくのを感じ、雨月も静かに瞳を閉じた。
 目を灼く赤はあまりに鮮やかで、その残像はいつまでも瞼の裏に刻まれたままだった。









自分で書いといてなんですが、これ、後半いらないですねww

2010.07.31