「三人死なせたんだって?」
酷薄に見えるよう、細心の注意を払って口元を歪める。
顔を伏せたままの獄寺が、唇を噛みしめた気配がした。
頑ななまでに俺を見ない彼に、腹の底から苛立ちが募る。
衝動のままその顎に手をかけ、くい、とそれを持ち上げた。
―お前の弱さが、お前の部下を殺したんだ。
冷笑とともに言い捨てると、細い肩がびくりと震えた。
その双眸に宿るのは、純粋なまでの、憎しみの炎。
「・・・果たすぞ」
「部下を死なすお前にゃムリだ」
「・・・殺してやる」
「お前に俺は殺せねぇよ」
―そうして刻む。 生涯消えない罪の証を。
生涯消えない傷ならば
舌舐めずりとともに、白い手首を拘束する。
荒々しく寝台に突き倒し、がちゃりと右手を戒めた。
暴れる体に馬乗りし、左足にも鎖を繋ぐ。
なおも逃れようと足掻くので、業を煮やして頬を張った。
獄寺の口元に血が滲む。
舐めとろうと唇を寄せたら、伸ばした舌に噛み付かれた。
思わず引き剥がし、再び頬を張る。
ぴしゃりと高い音が、薄暗い室内に響き渡った。
緑の瞳に浮かぶ涙。
生理的にか、それとも凝った激情の発露か。
俺はにやりと笑いかけ、時雨金時を取り出した。
拘束してない左手を取り、時計を外し、袖口を裂く。
手首から肘にかけて現れたのは、平行に走った無数の傷跡。
肘に近づくほど傷口は揃い、測ったように等間隔だ。
それはいっそ、芸術的なまでに。
―まあ、やったの俺なんだけど。
剣を振って刃を剥くと、細い体がふるりと震えた。
気にせず左手を握りなおす。
「三人、だっけ?」
俺はごくりと唾を飲み、白い肌に刃をあてた。
既存の傷と等間隔に。秩序を持って美しく。
無造作に、しかし細心の注意を払ってスライドする。
獄寺の体が大きく跳ねた。
体重をかけて押さえこみ、もうあと二度、肌を刻む。
赤い血潮がたらたらと流れだした。
ぴちゃりと音をたてて舐め啜ると、獄寺の体から力が抜けた。
溢れる血をそのままに、荒々しく服を剥ぐ。
胸の尖りを捏ね回し、軽く歯をたててむしゃぶりついた。
下肢も寛げ、兆した部分を抜き上げれば、噤んだ口から息が漏れる。
ぬめりを借りて、後孔も解す。
滾る俺を突き入れれば、体を捻って身も世もなく悶えた。
○ ○ ○
本能のままに犯しつくされ、獄寺が事切れるように目を閉じた。
左手の出血は止まっていたが、いたる所が血に汚れている。
それでもしどけなく横たわる姿は美しく、俺の胸はぎゅっと痛んだ。
無言でリングに力を篭め、獄寺の身を雨の炎で包み込む。
―願わくは、暗く、深く、静かな夢を。
呼吸がゆるやかになったのを確認し、俺は獄寺の唇にキスを落とした。
そっと、優しく、壊れ物に触れるように。
そうして起さぬように注意を払い、傷を治療し、体を清め、服を着せた。
抗争で部下が死ぬと、獄寺は激しく自分を責める。
人前では平静を保つが、1人になったとたんに崩れ堕ちる。
食べず、眠らず、昼夜を問わず自らを罰する。
それが自傷に至るのは、ごく短い道のりだった。
とはいえ本気で死ぬわけじゃない。
獄寺はかけがえのないボンゴレの右腕だ。
自分が死ねば、ツナのファミリーが大ダメージを負う。
・・・その程度には、自惚れていてくれてるらしい。
しかし。
死んだ部下を刻み付けるように、自分の手首を傷つける。
だから、彼の腕には、その人数分の傷がある。
俺がそれに気付いたのは、ツナが名実ともに「10代目」を継いだ頃。
ツナを認めない、敵対ファミリーとの抗争に明け暮れていた頃だ。
つまり、かなり前とも言える。
その時には、彼の腕にはまだ片手指ほどの数しか刻まれていなかった。
正直言って、驚いた。
しかし、それ以上に見ていられなかった。
俺が何と言って教えて諭して懇願しても、まるで聞き入れない獄寺。
最終的に、学習した。
俺が傷を刻んでやれば、命に関わることはない。
獄寺自身に死ぬ気はなくとも、いつ何時引きずられるとも限らない。
死は、甘い、誘惑だ。
だから代わりに、俺がやる。
大事な血管を避け、綺麗に痕が残るように。
そして獄寺の体を抱く。
ひどい暴言を吐きながら。
そうすれば、獄寺の憎しみは俺に向く。
自分を責めて傷つくよりは、俺を憎んでくれていい。
獄寺を亡くすことに比べれば、胸の痛みなどちっぽけだ。
全ての作業を追え、俺はほっと息をついた。
これでまた、獄寺は生きてくれる。
柔らかい毛布をかけ、再び唇にキスを落とした。
名残は惜しいが、いつまでもここには留まれない。
嘘は、つき通さねば意味がないのだ。
俺はくるりと踵を返し、
・・・そうしてその場に凍りついた。
扉の影に、「10代目」。
燃えるような怒りを、その眸に宿している。
「山本」
「・・・ツナ」
俺が気付いたことに気がついたのだろう。
ツナは一歩踏み出した。
一メートルほどの距離を取り、俺の目を見つめてくる。
「どういうこと?」
「・・・」
強い瞳に耐え切れず、俺は堪らず顔を伏せた。
辺りには生々しい、血と精の匂い。
何と言っていいか判らない。
それ以前に、喉が干からびて声が出ない。
それほど、ツナの怒りはこの場の空気を制していた。
「説明して、山本」
「・・・」
黙り込んだ俺を冷たい目で一瞥し、ツナは眠る獄寺に歩み寄った。
包帯の巻かれた手首を取って、傷をさらす。
同時に、獄寺の体に散るいくつかの痕も確認した。
手錠の痕、鬱血の痕。
察しの良いツナは、それであらかた理解したようだ。
眉間に深い皺を寄せ、俺のほうへと戻ってくる。
獄寺はまだ、目覚めない。
沈静の炎を、いつもより多くしといて助かった。
「いつもこんなことやってるの?人が・・・死ぬたび」
「・・・」
「無言は肯定ととるよ」
「ツナ・・・」
申し開きがあるなら聞くけど、というので俺は唇を噛んだ。
全ての気力を動員して言葉を紡ぐ。
「放っておくと自分で手首切るし・・・」
掠れた声が我ながら弱弱しい。
「それに、眠りも食べもしねーし・・・こうでもしなきゃ獄寺死んじまうよ」
「ふーん、それで?」
「それで・・・ってツナ」
「それだけ?」
俺は意を決してツナの表情を窺った。
燃える瞳は相変らず。
しかし、そこには理解も納得も見えなかった。
仁王立ちで、ツナが言う。
「獄寺君の自傷癖は、言わば本人の問題だ。なのに何で山本が出るの?」
「そ・・・それは、俺なら命に関わる傷にはならねぇし・・・」
「欺瞞だ。まあ、そうならいいよ」
「え・・・?」
「次から俺がやるから」
「ツナ!?」
「獄寺君は俺の右腕だ。俺の始末は俺でつける。崇拝する『10代目』にもらった傷は、彼にとっても勲章だろうし」
「じょ、冗談・・・だろ?」
息を呑んだ俺に、ツナが容赦なく畳み掛ける。
「そのあとはレイプ、だっけ。まぁ、獄寺君は俺が大好きだから、強姦じゃなくて和姦になるけど」
「おい・・・」
「落ちこんだ獄寺君を、どろどろに甘やかして愛してあげる。俺以外見えなくなるまで」
「・・・」
「ねえ、山本がやるより、随分マシだと思わない?」
「ふざけんなよ!!」
想像しただけで視界が紅く染まり、俺は思わず叫んでしまった。
ツナが下から見上げてくる。
ふーん、やっぱり嫌なんだ、と愉快そうに口元を歪めて。
ツナの言葉は止まらない。
「もう一度聞く。何で獄寺君を傷つけたの?」
「だ、だから・・・自分を責めるなら俺を憎んでくれればって・・・」
「嘘だ」
断定は明確で非情だった。
「君は獄寺君に君以外のつけた傷、しかも他人を悼んでつけた傷が残るのが嫌なだけだ」
「違う!」
「違わない。本当に獄寺君のことを思うなら、きちんと俺にも相談して、・・・そうだね、ちゃんと医者に見せるべきだ」
「っ、だって、獄寺が・・・」
「そうだね、獄寺君は嫌がるだろう。でも、山本に肌を刻まれて犯されるのと、どっちがマシ?」
「・・・でも・・・」
「君は獄寺君の優しさにつけこんだんだ。獄寺君のためってのは建前で、君が、獄寺君に消えない傷をつけたかった。抱いて犯して、獄寺君の目を自分に向けさせたかった」
「!!?」
「いいかげん認めたらどう?」
ツナの声音は、いっそ優しげだ。歌うように言葉を紡ぐ。
「獄寺君は綺麗だよね。凛としててまっすぐで。そんな白い肌に傷をつけて、ぐちゃぐちゃに蹂躙して、憎しみの感情を向けられて。ねえ、それで満足だった?」
「・・・」
答えられない俺をスルーし、ツナの視線が奥に向いた。再びにやりと口の端が持ち上がる。
「ねえ獄寺君、君はどう思う?」
「ご、獄寺?」
慌てて振り返った俺を、表情のない緑の瞳が見つめていた。
いつ?いつ起きた?どこから聞かれた!?
不安と焦燥で身が捩れる。
起き上がろうとした獄寺にツナが駈け寄り、そっとその背を支えてやった。
ツナの助けを借り、ベッドから降りて立ち上がる。
それが何だか、縋っているようにも見えて、心に暗雲が立ち込めた。
今すぐ走っていって、獄寺をツナから引き剥がしたい。
―そいつは、俺のだ
そう思った瞬間、稲妻に打たれたように理解した。
ツナの、言葉が、真実だということに。
俺はその場に崩れ落ちた。
「山本」
頭上から声がかかる。いつの間にか、ツナが傍まで来ていたらしい。
「君に、罰を与える」
「ツナ・・・」
蹲ったまま顔を上げた俺に、ツナはにっこりと微笑んだ。
ああ、「ドン・ボンゴレ」の顔だと思う。
ツナは、笑顔のまま獄寺に振り返った。
「獄寺君、これを」
「10代目・・・」
ツナが懐から取り出したのは、一振りの短剣。
それを、獄寺の手に握らせる。
「それで、山本を刺していい。ただし、この場で、一度きり。山本はその一撃を避けちゃだめだ」
「十代目!?」
「俺が立会人。いいね?」
有無を言わせぬ迫力に、俺も獄寺も押し黙る。
そんな獄寺の肩を、ツナがポンと優しく叩いた。
「消えない傷も、悪くない。でもね、傷には絆が生まれるんだよ」
「十代目・・・」
「俺は、君も、山本も大好きだ。大切な友人だと思ってる。だから、君達には消えない絆を築いて欲しい」
「・・・」
「だから、山本に、消えない、傷を」
一言ずつ、噛んで含めるようにツナが言った。
その意味が脳内に到達した瞬間。
俺はバネのように起き上がり、獄寺に向かって突進した。
「!!?」
驚き慌てる獄寺を他所に、握られた短剣をその手ごと包み込む。
そうして一閃。自分の顎に。
思いの他深く入ったらしく、傷口から血が噴き出した。
「や、やまもと・・・?」
呆然とした獄寺の頬に、ぱらぱらと俺の血が降り注ぐ。
その横で、ツナが大きく息をついた。
○ ○ ○
気付くと、自室のベッドの上だった。
カーテンが開かれ、柔らかな陽が差し込んでいる。
顎の傷はまだ疼くが、きちんと治療がなされていた。
2、3度目を瞬いたあと、ゆっくりと身を起す。
人の気配を感じたからだ。
ちいさなノックのあと、静かに扉が開かれる。
入ってきたのは、すらりと優美な、銀髪の青年。
「ご、ごくで、ら・・・」
俺が起きてたことに驚いたのだろう。
獄寺はちょっと目を見張ったが、構わず部屋に入ってきた。
ベッドサイドの、スツールに腰掛ける。
「ばっちり残るってよ」
「んあ?」
「その顎の傷!」
獄寺はそう言って、なぜだか顔を赤くした。そのままぷいとそっぽを向く。
辛抱強く言葉を待っていたら、なんだかごにょごにょ言い出した。
なんでも、あれからツナにかなり言い含められたらしい。
俺のこともずいぶんとフォローしてくれたみたいで、本当に頭が下がる。
俺に対峙するツナは、何と言うか圧倒的だった。
逃げも隠れも誤魔化しも許さず、厳しく俺を糾弾した。
本当に獄寺を取られるんじゃないかと思ったくらいだ。
―でも全て、俺と獄寺を思ってのこと。
獄寺への恋心が、執着と化して互いを傷つけあう。
そんな悪循環を断ち切るため。
ふいに獄寺が向き直った。
ずいと顔を近づけてくるので、どきりと心臓が飛び跳ねる。
ああやっぱり俺、こいつのこと大好きなんだな。
ドギマギしていると、獄寺の唇がアゴに触れた。
驚いて身動ぎしたら、唇にも柔らかい感触。
「〜〜〜〜!!?」
唇に触れるのは想定外だったのだろう。
ぱっと離れた獄寺は、口を手で覆っていた。
茹でダコみたいに真っ赤になっている。
「・・・十代目が、仲直りの印に、傷口にキスしてこいって言うもんだから・・・」
切れ切れに漏れる言葉に、事情を悟る。
俺は、厳しく暖かく優しい大空に、心の底から感謝した。
(おわり)