愛を聴く人









 隼人と出会ったのは、冷たい雨の午後だった。
 あの日、体調を崩し道端で倒れてしまった俺を助けてくれた彼に俺は一瞬で恋に落ち、その日のお礼にと後日再び彼の家を訪ねた時に衝動のままに彼と身体の関係を持った。その時から、俺と隼人の関係は続いている。
 「お前って高校生?」
 隼人の問いかけはいつも唐突だ。反射的に頷くと「まだガキだな」と笑われた。彼が笑うたびに整えられた銀髪がさらりと揺れる。それだけのことで、心臓が、止まりそうになった。この綺麗な年上の人は――隼人はあまり自分のことを話したがらないから正確な年齢はわからないけれど、たぶん10歳くらいははなれてる――あまりにも簡単に俺のことを翻弄する。
 ベッドヘッドに寄りかかったまま気だるげに煙草を燻らせる隼人の唇に吸い込まれそうになり、慌てて視線をそらした。
 「何勉強してんだ?」
 「へ?」
 「学校で」
 「そりゃ、……国語とか、数学とか、英語とか……他にも色々、」
 「国語?ああ、この国の言葉か」
 ちらりとこちらを仰ぐ瞳は薄緑色に透き通り、彼の中に流れているのであろう――実際に聞いたことはないから勝手な憶測なのだけど――異国の血を物語っていた。
 「で、国語でやってるのは?」
 「今は、詩をやってる」
 「詩?」
 隼人が小首を傾ける。さらり、とまた、彼の髪が揺れた。銀の煌めきの誘惑から逃れようと俺はとっさに自身の鞄を手繰り寄せると中から高校で使っている現代文の教科書を引っ張り出した。
 「中原中也の『月夜の浜辺』ってやつ。読む?」
 ぱらぱらと教科書をめくって目当てのページを開き、隼人に差し出すと、隼人はその細く長い指先で静かに教科書を押し返した。首を傾ける俺に、隼人は煙草を灰皿に押し付けてからにっと笑ってみせる。
 「お前が読めよ」
 そう言ってぽんぽん、と自身の隣に開いたスペースを叩く隼人に誘われるようにしてベッドへ腰を下ろすと、ふわりとほのかに甘い香りが鼻を掠めた。隼人の香りだ。隣に座る隼人の視線を感じつつ、俺は震える唇で静かに言葉を紡ぎ始めた。
 


  月夜の晩に、ボタンが一つ
  波打際に、落ちてゐた。





 「……やっぱだめだよ。俺、下手だもん」
 「続けて」
 静寂に耐えきれずに顔を上げたところで間近から見つめてくる緑の瞳に気づき、その瞳のあまりの美しさと真剣さとに急かされるようにして視線を再び文字の並びに落とす。





  それを拾つて、役立てようと
  僕は思つたわけでもないが
  なぜだかそれを捨てるに忍びず
  僕はそれを、袂に入れた。





 するり、と視界の端で白いものが動いたかと思うと、伸ばされた隼人の手が自身の中心に添えられ、思わずびくりと身が跳ねる。隼人の手の中の自身は、ズボンの上からでも分かるくらいに反応していた――だって隼人の匂いだとか温もりだとか視線だとか、そういったものをこんなに傍に感じているんだ――。
 「は、や……」
 「続けて」
 俺の膝に乗り上げズボンのベルトに手を掛けながら、隼人はそう言ってほほ笑んだ。隼人の微笑みに頬に熱が集まるのを感じながら、俺は再び口を開く。





  月夜の晩に、ボタンが一つ
  波打際に、落ちてゐた。





 詩の朗読を続ける俺に、隼人は満足そうに笑いかける。俺のベルトを引き抜き、前を寛がせ、そうして反応を示す俺の欲望を見つめて笑みの形に歪んだ唇を舐めあげた。ちらりと覗いた赤い舌の壮美さに、鳥肌がたつ。
 隼人は腰を浮かすと、自身のベルトに手を掛け、俺に跨ったまま衣服を取り去り、肌を露出させた。普段陽の光に晒されることのない脚は白く、薄闇が支配し始めた部屋の中、浮かび上がって見える。隼人は俺の胸元に手を置き腰を上げると、開いた脚の下にある雄を軽く握って固定し、ゆっくりと腰を落としていく。





  それを拾つて、役立てようと
  僕は思つたわけでもないが
    月に向かつてそれは抛れず
    浪に向かってそれは抛れず
  僕はそれを、袂に入れた。





 朗読の声に、浅く洩らされる隼人の吐息が重なる。先ほど一度情を交わした隼人の蕾は温かくやわらかで、眩暈がするほどの優しさで俺を包み込んだ。隼人は自身の中に俺の全てをおさめてしまうと、ベッドについた膝と俺の胸元に添えた手とを使って、腰を動かし始めた。僅かに反らされた首筋にはうっすらと汗が滲み、一種魔的な美しさを醸し出す。隼人が体を動かすたび、彼の銀髪がぱさぱさと揺れ、赤く染まった頬を打った。思わず見惚れた俺に、隼人はふっと流し眼を送ると「武、」と口を開いた。
 「続けて」
 隼人は愛でも囁くような調子でそういった。俺はこくりと頷くと、再び朗読を始める。





  月夜の晩に、拾つたボタンは
  指先に沁み、心に沁みた。





 腰を動かしながら、隼人は先走りの蜜でしっとりと濡れる自身の花芯に指を絡ませた。隼人の口から洩れる吐息が熱を帯び、腰を跨ぐ細い太ももがふるりと震える。腰の動きが激しさを増すと共に自身の花芯を弄ぶ指の動きもはやまった。とろりととろけだした緑の瞳が俺をじっと見つめ、「続けて」と吐息交じりに願う。





  月夜の晩に、拾ったボタンは
  どうしてそれが、すてられようか?





 ひくり、と隼人の喉が鳴り、その白い指に蜜が滴る。直後の締め付けに、俺も熱い欲望を隼人の中に吐き出した。
ゆっくりと、隼人が覆いかぶさってくる。鼻先を甘い隼人の香りが掠める。
 「すごく、よかった」
 耳元で、隼人が囁いた。顔をあげて俺の瞳を覗き込むと、隼人はふわりと花が綻ぶように微笑んだ。とくり、と、また、心臓が止まりそうになった。
 「また読んでくれよ。な?」
 そう言って笑う美しい人を見つめ、俺は、この人のためならきっとなんでもできると、そう思った。


 
 そうして俺は、彼の「朗読者」になった。


 












ただのいいわけ(映画ネタばれあり)↓


映画『愛/を/読/む/ひ/と』のパロディで高校生山本×24獄寺でした。
趣味に走りすぎた感が否めませんが、萌えちゃったんだからしょうがないもん!(←可愛く言ってもダメです)
この後、高校生山本と24獄寺には突然の別れがあり、24獄寺に焦がれた高校生山本が自身に想いを寄せる高校生獄寺と身体の関係をもっちゃったりするとさらによし。でも高校生山本が愛しているのは24獄寺で高校生獄寺と寝てしまったのはたださみしさを紛らわすためだから、事後に「ごめん。俺、自分の部屋で寝るな」とか言って高校生獄寺をひとり置き去りにしたりするんだよ、高校生山本は!で、高校生山本が24獄寺に焦がれ続けていることを知っていながらも、それでも高校生山本のことが諦めきれなくて「心が手に入らないなら、身体だけでもいい」と高校生山本との身体だけの関係を終わらせることができない高校生獄寺とかね、いいよね!!


原作&映画ファンの方、すみません;;中傷等の意思はないということをここに記しておきます。
いやしっかしほんと、高校生山本×24獄寺に変換して観ると萌えるんだって!
あ、もちろん、変換して観なくても、心に響く素晴らしい映画でした。
変換はね、ほら、二重の楽しみ方っていうかなんていうか・・・・ね?

本文中で使用している詩は中原中也の『月夜の浜辺』です。
高校生の頃の教科書引っ張り出してきて、「H中に読まれても萎えなそうなもの」というコンセプトで選びました(ぉい)
ちゅうやがだいすきです。


毎度毎度、このようなゲテモノ小説にお付き合いくださりありがとうございますっ!

2009.7.8